神の住まう場、繋がる場 (斎場御嶽)

沖縄が異国のように感じる大きな理由の一つとしては
神話が違ってるからだと個人的に感じてました。

世界遺産になっている斎場御嶽。
そこの説明を読むと、御嶽というのは
海の向こうにいるニライカナイの神と
会話をするための場であり
そのやりとりは巫女が行うとのこと…
神社仏閣とか祠とか好きな質には堪らない場所のようです。

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しかしながらその場に身をおいても
何か場に足りないように感じてしまいました…

すでに観光地化されていても
場の成り立ちを感じる場所は多いです。
なぜ斎場御嶽でそれを感じられなかったのか。
理由があるはずなのに気づけない…
どうもすっきりしません。

斎場御嶽の説明を思い起こしてみると
神とやり取りをする場であって
神がそこにいる訳ではないとも解釈できます…
つまり神事があって始めて成り立つ場ということなんでしょうか。

本土では、神社に行けば神はそこにいて
一方的ではあっても身近に感じることができます。
(実際は映し身みたいな扱いらしいですが)

沖縄の御嶽はほとんど自然に近い状態で
神が降りるための標識としての石はありますが
祠や御神体などもありません。
ただ場があるという印象でした。

うーん、しかし人間の思い込みによる印象操作は侮れないけど
そんな観念的なレベルでそこまで印象が変わるはずがない(汗)
視覚的な違和感があるからこそ
なんか違うという感想になるわけで…

御嶽というのはそういうものだよ、と沖縄の人に言われれば
納得できるのかもしれません。
違和感が大きかったのは御嶽だけなので
余計に気になってしまいます。

旅行の記事なのに
我ながら何を悩んでるんでしょうか…(汗)
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by hamahama77 | 2011-09-02 21:23 |


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